スチール撮影

「自分を愛せないと、他人は愛せない」

確かに、そう思います。

 

はい、認めます。

自分好きです😂

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福岡在住の写真家、濱崎さん。

 

東京とロンドンを拠点に、

アルバムジャケットなどを手掛けてきた。

顧客には、ジェームスブラウンなど世界的大物も。

 

彼の自宅兼スタジオに行き、

会社のプロフィール用で、

スチール撮影してもらうことに。

 

スーツ姿の「真面目」バージョンと、

私服のカジュアルバージョンの二パターン。

 

最初はコチコチに緊張していて、

右手と右足で歩くようなぎこちなさ。。。

表情も引きつる。

 

数々のモデルを撮影してきた彼から、

撮られ方のコツを伝授される。

 

モデルにも確かなノウハウがあることを知る。

とにかく、上半身の力を抜くことだそうだ。

無理にポーズを取ろうとすると、力みが生じ、

表情が不自然になるらしい。

 

撮影にもだんだん慣れてきて、

調子に乗ってきた。

 

ここからは博多弁で言う、

「のぼせもん」の本領発揮。

 

最後は上半身裸で、

雑誌「ターザン」を意識したポージング😂

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打ち上げの時の会話。

 

濱崎さん:「裸って。。。どれだけ自分が好きなの?😂」

私:「自分を愛せないと、他人は愛せないでしょ!😂」

 

 

 

 

 

 

 


夏の終わりのアモイにて

言葉ができることの意義を感じた話。

 

中国の南部、福建省アモイに出張。

 

いつもは基本的に社員が同行するが、

今回は表には出せない案件だったので、

中国人企業とサシで商談した。

 

予定より商談が早く済み、

週末に時間が空いた。

一人で自由な空気を吸いたい気分に駆られる。

 

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小さな地元旅行社をぶらっと訪ねた。

アモイからそう遠くないところ(片道200km)に、

世界遺産の客家土楼群がある。

 

ここに行ってみよう。

現地の日帰りツアーバスに飛び乗った。

 

土楼は、客家の人たちが外部侵入を防ぎつつ、

機能的な集団生活を送るために考案された伝統建築。

最大の土楼には現在でも80世帯の氏族が生活を送っている。

 

 

 

建築物自体も興味はあったが、

むしろ、そこでリアルに生きている人たちが、

実際にどんな生活をしているのか、

それを肌身で感じてみたかった。

 

世界遺産だけあり、周辺には多くの観光客で溢れていたが、

観光客が立ち入り禁止されている住民区にスゥ〜と入る。

 

 

日陰で孫の遊び相手しているおじいちゃん。

洗濯物を干しているお婆ちゃん。

かくれんんぼをしている子供たち。

 

どこにでもある普通の田舎の生活感が心地良い。

 

茶店に入り、お茶をご馳走になる。

店主と話していると、「この日本人、中国語ができるぞ」と、

隣近所の人たちも寄ってくる。

 

 

地元の中国茶と茶菓子を頂きながら、

笑顔に包まれた、よもやま話で時間が過ぎる。

 

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人の幸福感は、人との繋がりによって生まれる、

って何かの本に書いていたけど、その通りだなと。

 

多少なりとも言葉ができることで、

繋がらなかったであろう人たちと、

繋がることができ、幸福感を得られる。

たとえ、ひと時の瞬間であったとしても。

 

言葉ができて良かったと、しみじみ。

夏の終わりのアモイにて。

 

 


上海飲食店の苦難

今年に入り、上海の飲食店は強制立ち退きの憂き目に遭っている。

日本人のレストラン経営者仲間。

 

彼らはリスクを取り、徒手空拳で頑張っている。

現地では予約が取れないほどの人気店もあった。

 

友人の店もその一つ。

政府からの通知。

 

「1ヶ月後に立ち退くこと」

立ち退きの理由は、「違法建築で運営している」など様々だが、

実際はみんな正式な手続き、認可を得て開業している。

 

補償も何もない。

泣き寝入りせざるを得ないのが現状だ。

 

本質的な背景は、

経済における政治の影響が強いこと。

詳しくはここでは書けないが。。。

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友人の店の最終日。

 

「まだやるの?」(僕)

「やれるところまでやる!」(彼)

 

彼は、やり続ける先に見えてくる光を信じている。

 

 

 

 

 

 

 


日本人学生インターンシップ

「夏休みにインターンシップを受けさせて頂けないでしょうか?」

 

とメールが届いたのが6月。

過去のインターン生のブログを見て、

連絡してきたのは、早稲田大学の学生さんだった。

 

今は、上海をベースにブンブン🐝飛び回っている状況。

お世話をする時間がないな〜と数日悩んだ。

 

ただ、内向き志向が強く、外に出たがらない学生が多い中、

「中国語を使ってインターンしたいです!」と、

彼女の熱い想いに意気を感じ、受け入れることにした。

 

 

 

 

この条件を飲めるなら受け入れると、

出した条件は、

 

  • 給料は中国人インターン生と同額(日給3000円)
  • 私と話す以外は基本は中国語を使うこと
  • 与えられた仕事は、四の五言わず何でもやること
  • 住む場所は自分で探すこと
  • 海外傷害保険は必ず入ること
  • 両親の承諾書を提出すること
  • 実習報告書を提出すること
  • 実習報告の発表会を中国語ですること

 

厳しい条件で、しかも僕の指導はスパルタ式なので、

大変だと思うけど、実習を終えた後、

あたなに「来て良かった」と思わせる自信はあると伝えた。

 

上海に到着後すぐに病院に担ぎ込まれたり、

下宿先で騒音問題があったりと生活面での苦労、

慣れない環境下での仕事面の苦労と、

「耐えられるかな〜」と心配しながら様子を見ていたが、

この一ヶ月半、彼女は持ち前の根性で乗り切った。

 

特にインターンの総まとめの実習報告書は大変秀逸で、

多少の頑張りではできないレベルの内容だった。

 

最終日の実習発表会は、全て中国語で、という条件に、

相当プレッシャーを感じていたようだが、

数日の徹夜で準備をし、素晴らしい内容の発表をしてくれた。

 

 

 

帰国最後の日に、四川料理店に一緒に行き、

「はい、最後の課題」とウサギの頭の料理を出した(笑)。

 

のけぞりながらも、頭からかぶり付く姿を見て、

「この子はグローバル人材のダイヤだな〜」と微笑ましく感じた。

 

 

 

お世話になったお礼にと、

サプライズで似顔絵人形をプレゼントしてくれた。

(周りからは似ていると言われるが。。。)

 

最後にもらったお手紙にはこう書いてくれていた。

「古閑社長は私の人生観を変えてくれ、成長させてくれた恩師です」と。

 

正直、ちょっと泣けてきた。。。

 

 

 

自分は自分のあらゆる資源を、
次世代へのバトンタッチしたいという想いがある。
少しずつでも与えられる人から、与える人になりたい。

 

大鷹さん、またいつか、世界のどこかで、会いましょう。

 

 

 

 

 


世界美食祭り

上海の夏の終わりに開催される世界美食祭、「河马生活节(カバ生活祭)」

 

福岡の老舗酒蔵、鷹正宗の中国輸出販売のお手伝いをしている関係で、今年も参加した。

 

中国では、昨年大ヒットした現地ドラマが日本料理店を舞台にしていたことや、

全国的な日本レストランも拡充があり、日本酒がちょっとしたブームになっている。

 

地元上海テレビ(上海电视台)の取材を受けた。

日本語と中国語で、日本酒を語ってくれとのリクエスト。

 

質問タイムでは、「日本人は酒を飲む前に何か儀式的な歌を歌うのか?」とかいう質問も。

(モンゴル人の習慣と間違っている。。。笑)

 

「飲む前には歌わないが、飲んだ後のシメは博多一本締めだ!」と答え、

アナウンサーに博多一本締めのやり方を教え、

一緒に「よぉ〜お、シャン!」取材をシメた。

 

博多一本締めが、

上海の日本料理店に鳴り響く時代が来るかも。。。

とささやかに願う。

 

 


十年

UTS上海が設立10年を迎えた。 右も左もわからない上海という土地で、 人脈も、経験も、ノウハウも、何もないところからスタートした。 あったのは、「恍惚と不安、我胸に有り」という、 未知の世界への期待だけだった。 この10年間、まるでジェットコースターに乗っているような感覚。 最初の5年は増収増益でグングンと上に上がったが、 その後、外部環境の適応に遅れ、真っ逆さまに急降下。 二回ほど大回りで回転し、取りあえず落ち着く。 そして、今またゆっくりと登りつつある状態。 途中で100回ぐらい「もう降りたい」と思った。 でも、「やっぱり続ける」と思い直し、 生き残るためにできることは、全てやると覚悟を決めた。 本当にたくさんの人たちに助けられた。 社員をはじめ、中国の、日本の、シンガポールの、香港の、 色んな国籍の、色んな方々に支えられて、10年間生き延びてこれた。 「孤独だが、一人ではない」と心から思える。 明日から次の10年に向けて第一歩を踏み出す。 僕の究極の経営目標は、事業を通して、それに関わる全ての人々の幸せを叶え、 社会に必要とされる会社に育て、それを次世代にバトンを繋ぐことだ。 僕が描く大きなジグソーパズルは、 少しずつ少しずつだが、形作られていっている。

中国の今〜向き合うということ〜

上海の経営者仲間のインタビュー記事が、

『週間ダイヤモンド』掲載された。

 

その彼が興味深いことを教えてくれた。

「古閑さん、その号は全く売れなかったんですって。。。(苦笑)」

 

その号は、「中国に勝つ〜超速・変幻自在モデルに乗れ!」という特集で、

内容としては、中国経済・ビジネス界の最新情報、

特にITサービスの先進性を紹介していた。

 

一次情報に近い立場にいる自分から見ても、

今の中国事情を精力的に調べており、秀逸な特集と思えた。

 

 

 

だが、全く売れなかったという。

売れなかった理由を、友人はこう分析していた。

「日本人は、中国が優れている。ということを聞きたくないんでしょうね。。。」

 

この傾向は、我々が日常的に接する、

日本のテレビ・新聞・ネットなどメディア情報を見るとよくわかる。

基本的に反中報道が主流だ。

 

「中国人はマナーが悪い」「声が大きくてうるさい」「爆買いが浅ましい」。。。

一つの事象に対して揚げ足を取り、それが全体であるかのような報道。

受け手に対して、自分たちの方が成熟していると、優越感を満たす内容に終始する。

いわゆる、「快楽報道」と言われるもの。

 

メディアも所詮、商売なので、需要が高い方に引っ張られる。

また、人間は、基本的に「見たいものしか見ない」傾向がある。

感情によるフィルタリングをしてしまうのだ。

 

日本のメディア情報しか接していない人は、

基本的に「中国嫌い」という感情を醸成されているので、

その感情をベースにすると、「中国すごい」情報は心理的に排除してしまうのだろう。

 

だが、事実と向き合うことは大切だ。

 

 

中国のGDPが日本を抜いたのは2011年。

(この時も日本ではあまり報道されなかったが)

今では、中国のGDPは日本の3倍以上の規模になっている。

 

現地に住んでいて日中経済関係の逆転を肌で感じたのは、

2013年だった。潮目は4年前。

 

「日本人は金を持ってない」

この言葉が聞かれ始めた。

 

 

日中経済関係は10年前、

日本が中国の安い労働力を利用し、

賃加工でモノ作りをするというモデルが多かった。

 

 

しかし、現在はモノ作りは日本の方が安いという逆転現象が起き、

中国企業が日本を生産拠点を設立する動きが顕著だ。

ちなみに給与面でいうと、部長級以上の給与は、中国企業の方が高い。

(日本はこの20年間の平均賃金は7%下がっている)

 

 

今年に入り、中国大手企業が日本での工場新設、

日本市場に進出する企業が増えている。

 

中国通信大手、華為が千葉に工場設立。

 

中国電気自動車BYDが、まず業務用EVで日本市場を狙う。

 

パソコン最大手のレノボは、日本メーカーを次々と吸収

 

 

また、「市場があるところから、イノベーションが生まれる」との言葉がある。

フィンテックやシャアリングエコノミーなどの技術革新をベースにした、

振興ITサービスにおいては、中国は日本の3年先を行っている。

 

日本は既得権益を堅守したいレイヤーや業界のしがらみが強く、

ベンチャーによるイノベーションが生まれにくい構造があるが、

その日本の「空白」地帯を狙って、中国大手企業が続々と参入してきている。

 

 

 

自転車シェア大手、モバイクの日本進出

 

 

タクシー配車最大手、滴滴が日本進出

 

電子マネー決済最大手、アリババが日本進出

 

 

先日、福岡市が主宰するITベンチャー企業のミッションが、

現状の中国ITサービス事情を知る目的で、上海・深圳に視察に来た。

彼らは一様に「これ程進んでいるとは。。。」と驚嘆の声を上げ、

危機感を募らせていた。

 

何も知らず、興味も持たず、現状維持に安穏としていれば、

「茹でガエル現象」で死んでしまうだろう。

 

 

 

「知っている」と「知らない」の違いは大きい。

ゼロとイチは、まるで違う。

 

まず、「知ること」「向き合うこと」。

そして、「行動すること」。

 

このことを声を大にして、伝えたい。

 

 

信号電材海外事業室

UTS上海

古閑


新渡来人

「新渡来人」という概念がある。

 

古代日本に新しい技術や思想を大陸から伝え、
日本を次のステージへと導いた渡来人たち。

 

その現代版が「新渡来人」。
新渡来人が今後の日本を変えてく原動力になるとの発想で、

数年前からプロジェクトが始まった。

 

今回、第二回目となる新渡来人セミナーが東京で開催され、
メンバーの一人としてお招き頂いた。

 

参加者の多くが海外駐在経験者の方々で、
共感して頂ける部分は多かったようだ。

 

 

「外の世界を知っている日本人」は、
その経験や人脈、ノウハウは日本の重要な資源だ。

 

その資源を有機的に化学反応させ、
大きなウェーブを起こすことで、
日本を次のステージへと導くことができると思う。

 

次世代へのバトンを繋ぐために。

 

 

UTSグループ

古閑涼二

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


海洋大学特別講義

上海にある海洋大学日本語学科から要請を受け、

会社で特別講義した。

 

中国の大学生は、真面目で熱心な学生がとても多い。

将来の中国を背負って立つ彼らの情熱は、

この国の大きな資源である。

 

ただ、世界有数の受験大国で育ってきた彼らは、

視野が狭くなりがちな傾向もある。

 

 

今回、授業で伝えたかったのは、

二つの重要性だった。

 

1)自分の「資源」を増やすこと

2)夢を持つこと

 

 

また、日本語に関わる限り、

将来、仕事を通じて日中友好構築の

一助となって欲しいと、メッセージを送った。

 

 

彼らが社会への道を歩み始め、

今日の授業のことを少しでも思い出してくれれば嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


テレビ取材

上海のオフィスで、日本のテレビクルーから取材を受けた。

九州ローカル放送だが、7月に放送して頂けるとか。

 

 

この取材でお伝えしたかったことは、

 

1)中国中間層の消費力は、既に日本を逆転している

2)Made in Japanは、「安くて、良い」の代表になっている

 

日本の報道では、一般に知られていない変化の数々。

その潮流に沿い、我々は中国でビジネスを創造していること。

 

 

今後の中国ビジネスにご関心のある方々に、

少しでもお伝えできれば幸いだ。

 

UTS上海

総経理

古閑

 

 

 

 

 

 


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